日本語ゆめラボ

NOTE|現場で考えていること・近況

「日本語を教える教室」という固定観念を越えて

笠間市つなぐ日本語教室の対面クラスが、
全12回をもって終了しました。


教室を始める前、
私にはいくつかの課題意識がありました。


●日本語支援者養成講座を受講しても、
実際に外国人と関わる機会は少ないこと。


●日本語レベルが大きく異なる学習者に、
教師一人で対応することの難しさ。


そして、

●地域日本語教室だからこそ、
形式を学ぶだけではなく、
実際の生活につながる日本語を扱いたいということ。


これまで、
日本語支援者養成講座が
「学んで終わり」の教養講座になってしまっていることにも
疑問を感じていました。


そこで今回は、
市役所、
日本語教師、
地域住民が
一体となり、
外国人住民を支える教室を目指しました。


『はじめよう!
人とつながる生活の日本語』(アルク)を

使いながら、
ゴミ、防災、地域など、
暮らしに身近なテーマを扱いました。


しかし、
実際に教室を始めると、
私自身も考え続けることになりました。


サポーターの皆さんが
安心して活動できるように、
進め方や関わり方を丁寧に伝え、
教室を円滑に進める。
それが
日本語教師としての役割なのだろうか。


それとも、
私がすべてを整えるのではなく、
そこに集まった人たち自身が
関係をつくっていけるような場を
デザインすることもできるのではないか。


回を重ねるうちに、
教室では
少しずつ人と人との関係が生まれていきました。


そして最終回。


外国から笠間に来た学習者の皆さんが、
自分たちの暮らす「笠間」について
スピーチをしました。


「笠間が好きです」


外から来た人が、
自分たちの住む地域の魅力を見つけ、
好きだと言ってくれる。


その言葉を聞いて、
私たち自身も、
当たり前だと思っていた
地域の魅力や美しさに、
改めて気付かされます。


日本語を学ぶことが、
人を知ることにつながる。

人を知ることが、
地域を知ることにつながる。


そんな循環が生まれることも、
地域日本語教室の価値なのかもしれません。


日本語教師だからできること。
そして、私だから作れる価値とは何か。


笠間での12回は、
その答えを探し続ける時間となりました。

利根町で私たちは、何を学んだか

日本語支援者養成講座 全5回を終えて


利根町で全5回の
日本語支援者養成講座を担当しました。


講座では、
やさしい日本語や
外国人とのコミュニケーションについて学びました。


しかし、
5回を終えて振り返ると、
この講座で参加者の皆さんと考えていたことは、
いつの間にか「日本語の教え方」だけではなくなっていました。


外国人を受け入れるとはどういうことなのか。
私たちは、どんな地域に住みたいのか。
そして、その地域を誰がつくっていくのか。


毎回、参加者の皆さんに書いていただいた
振り返りを読み返しながら、
この講座で起きていたことを
改めてまとめてみたいと思います。



講座を依頼されたときに考えたこと


現在の利根町では、外国人留学生が急増しています。


その一方で、
生活上のトラブルが起きていることも事実です。
外国人が隣人として暮らすことに、
不安や拒否感を持つ住民もいるかもしれません。


そんな状況の中で、
日本語支援者養成講座を開催する意味は何だろう。


日本語の教え方を伝えるだけで、
本当に地域は変わっていくのだろうか。


そもそも利根町は、
この講座を通して
住民にどのようになってほしいと思っているのか。


講座を作り始める前に、
私はそんなことを考えていました。



第1回|「知ること」から始まった


初回は、
外国人との共生について考えるところから始めました。


グループワークを行うため、
参加者には毎回3〜4人のグループで座ってもらいました。


しかし、
初回の講座前は、
グループの中でほとんど会話がありませんでした。


「利根町の未来」というテーマについて尋ねても、
多くの方が「今は何も見えない」と答えていました。


それぞれが利根町で暮らしていても、
地域の未来について考えたり、
知らない住民同士で語り合ったりする機会は、
普段あまりありません。


講座の振り返りでは、


・自分にとっての当たり前が、相手にとっても当たり前とは限らない
・文化や習慣を知ることが、お互いを理解する第一歩になる
・まずは話してみることが大切
・相手を知ろうとする姿勢が必要


といった気づきが見られました。


「外国人をどう支援するか」を考える前に、
まず相手を知ろうとすること。


第1回は、そんなところから始まりました。



第2回|「伝える」よりも「聴く」


第2回では、
やさしい日本語やコミュニケーションについて考えました。


日本語支援というと、
「どのように分かりやすく話すか」
「どのように教えるか」に意識が向きがちです。


しかし、
参加者の振り返りには、
「聴くこと」についての気づきが多く見られました。


・相手の目を見て最後まで聴く
・相づちや表情もコミュニケーションの一部
・自分は伝えることばかり考えていた
・相手が受け取りやすい形で関わることも大切


日本語を支援することは、
一方的に何かを教えることではありません。


相手が何を伝えたいのかを知ろうとすること。


そして、
言葉だけではなく、
相手そのものに関心を持つこと。


「日本語を教える前に、まず人の話を聴く」


講座のテーマが、
少しずつ「日本語の技術」から
「人との関わり方」へ広がっていきました。


第3回|地域で助け合うということ


講座では、日本語支援だけではなく、
「自助・互助・共助・公助」についても考えました。


すると参加者の視点は、
外国人支援だけではなく、
利根町という地域そのものへ向かっていきました。


振り返りには、


・一人では解決できない問題がある
・近所にどんな人が住んでいるのか知ることが大切
・困ったときに助け合える関係をつくっておきたい
・外国人も含めて、人と人とのつながりを大切にしたい


という声が見られました。


ここで、
講座の問いが少し変わっていったように思います。


「外国人のために何ができるか」から、
「私たちはどんな地域に住みたいのか」へ。


外国人を支援するというテーマを考えることが、
いつの間にか、
自分たちの地域のあり方を考えることにつながっていました。


第4回|「受け入れる地域」を考える


第4回では、
町内会や地域とのつながりについて考えました。


外国人が地域に増えていくことを、
「対応しなければならない問題」として捉えるだけではなく、


どんな人が来ても、
この町に住んでよかったと思える地域をどうつくるか。


そんな視点で話し合いました。



参加者の振り返りには、


「この町に来て、住んで良かったなと思える地域になればいい」


という思いもありました。


外国人との共生を考えることは、外国人だけのためではありません。


高齢者、
子ども、
障害のある人、
地域とのつながりが少ない人。


さまざまな人が暮らす地域で、
誰かを「特別な人」として扱うのではなく、
お互いに顔の見える関係をつくっていく。


参加者の皆さんの視点は、
少しずつそんな地域の姿へと広がっていきました。


第5回|実際に会ってみる


最終回は、外国人ゲストとの交流でした。


それまで4回の講座で考えてきたことを、
実際のコミュニケーションの中で試す時間です。


最初は
「外国人と何を話したらいいのだろう」と
緊張していた参加者もいました。

外国人ゲスト側も、
「日本人と日本語で話す」という状況に
緊張した表情でした。


しかし、
実際に同じテーブルを囲み、
話をしてみると、
そこには「外国人」と「日本人」という関係だけではなく、
一人の人と一人の人との会話が生まれていました。


振り返りには、


・これから積極的に関わっていきたい
・まずはあいさつや声かけから始めたい
・お互いの文化や考え方を尊重したい
・顔の見える関係をつくっていきたい


という声がありました。


そして印象的だったのは、
「支援」という言葉よりも、


・一緒に楽しむ。
・穏やかに関わる。
・まずはあいさつをする。


そんな、
小さくて
日常的な行動が多く語られていたことです。


5回を通して見えてきたこと


毎回の振り返りを読み返してみると、
参加者の皆さんの考えには一つの流れがありました。


知る。
聴く。
助け合う。
地域を考える。
実際に関わる。


最初は、
「日本語をどのように教えるのか」という講座だったはずです。


しかし、
5回を通して
参加者の皆さんが得ていったものは、
日本語の知識や技術だけではありませんでした。


外国人を受け入れることは、
行政や学校だけが考えることではない。


住民一人ひとりの小さな関わり方や意識によって、
地域の雰囲気を変えることができるかもしれない。


そして、


利根町の未来をつくるのは、
自分たち住民なのだ。


そんな気づきが、
この講座の中で少しずつ
生まれていったように思います。


講師として感じたこと


私は前年も、
この利根町で講座を担当しました。


この1年の間に、
社会の中では
外国人に対する排斥的な言葉を目にする機会も増えました。


実際に外国人と接触する機会が少ない人は、
どのようなことを考えているのだろう。


講師である私自身にも、それは見えていない部分でした。


今回、参加者の皆さんの振り返りを
一人ひとり読みながら感じたのは、
多くの人が決して
「大きなことをしよう」としていたわけではないということです。


・まずはあいさつをしてみる。


・話を聴いてみる。


・地域の活動に誘ってみる。


・少しだけ相手のことを知ろうとしてみる。


そんな一つひとつの小さな行動でした。


でも、
その小さな一工夫こそが、
これからの利根町の未来に
つながっていくのではないかと思いました。


最後に見えたもの


全5回を終えてみると、
この講座は、当初想像していたよりも
ずいぶん「日本語支援」から離れた講座になりました(笑)。


でも、終わってみて思います。


やっぱり、大切なのはこちらだった。


日本語支援は、
日本語の形式や教え方だけを学ぶことではありません。


その人が、
どのような想いを持って相手と関わろうとするのか。


そして、
地域に暮らす人が、
新しく来た人を
どのような存在として受け止めるのか。


その土台がなければ、
どれだけ日本語を教える技術を身につけても、
人と人との関係は生まれません。


日本語は、形式だけではない。


人と関わろうとする気持ち。
そして、それを受け止める地域の姿勢。


それを育てることが、
日本語支援の入口なのかもしれません。


今回の講座で
参加者の皆さんと一緒に考えたことが、
これからそれぞれの生活の中で、
小さな行動につながっていくことを願っています。

秩序ある共生社会の実現

2026年8月28日、文部科学省から
「秩序ある共生社会の実現に向けた日本語教育の充実について」が
通知されました。


外国人が増えていく社会の中で、
日本語教育をこれまで以上に充実させていく。


子どもから大人まで、切れ目のない支援を進める。


日本語教育を、これからの共生社会を支える基盤として位置づける。


そんな方向性が示されています。



正直に言えば、通知を読んで最初に思ったのは、


「国が、やっと現場に追いついてきた。」


ということでした。



日本語教室を増やせばいいわけではない


私はこれまで、

地域日本語教育の現場で
多くの外国人や地域の人たちと出会ってきました。
その中で感じてきたのは、
日本語教育の課題は
「日本語を教える場所がない」
ことだけではない、ということです。


地域によって、
暮らしている外国人の背景は違います。


仕事のために来た人。

家族と暮らす人。

子どもを育てている人。

日本で資格を取りたい人。


必要としている日本語も、地域との関わり方も違います。


だから、
「日本語教室をつくる」という一つの方法だけでは、
十分ではありません。


その地域には、どんな人が暮らしているのか。

何に困っているのか。

どんな人や場所がすでにあるのか。

そこから考える必要があります。


日本語教師だけでも、ボランティアだけでもない


地域日本語教育は
長い間、多くのボランティアによって
支えられてきました。


地域の人だからこそできることがあります。


一方で、現場が複雑になるほど、

善意だけでは解決できない課題も増えていきます。

学習者のニーズを把握する


学習内容を考える。

地域の課題を整理する。

行政や関係機関とつながる。

そこには、日本語教育の専門性が必要です。


でも、日本語教師だけでもできません。


地域の情報を持っている行政職員。

地域で暮らす日本人。

外国人住民自身。


それぞれが持っている力を持ち寄ることで、

初めて地域に根ざした日本語教育が生まれるのだと思います。


今、笠間市で取り組んでいる「つなぐ日本語教室」は、

私にそのことを改めて教えてくれています。


日本語を学ぶのは、社会に参加するため


私は、日本語教育を

「外国人を日本社会に適応させるための教育」だとは考えていません。


もちろん、日本で暮らすために日本語を学ぶことは大切です。


でも、その先にあるのは、


自分の思いを伝えること。

必要な情報を得ること。

困ったときに助けを求めること。

誰かと関係をつくること。

そして、自分のいる場所で一人の人として認められること。
だと思っています。


日本語を学ぶことは、

社会の一員になるための力を得ることでもあります。


変わる必要があるのは、外国人だけではない



そして、もう一つ。
共生社会をつくるために努力するのは、外国人だけではありません。



外国人に、
「日本語を勉強してください」

「日本のルールを守ってください」
と求めるだけでは、本当の共生にはならない。
私たち日本人の側も、変わる必要があります。



伝わるように話す。
分からないことを、分からないままにしない。
自分の「当たり前」が、
すべての人にとっての当たり前ではないことを知る。


相手を理解しようとする。


私は、そんな心の柔らかさも、これからの社会には必要だと思っています。


これから必要になる人
今回の国の動きを見て、

地域日本語教育はこれから大きく変わっていくのだと思います。


日本語を教える人。


地域の課題を整理する人。


行政と現場をつなぐ人。


ボランティアを支える人。


外国人住民の声を地域に届ける人。


これからの日本語教育には、

教室の中だけではなく、

地域全体を見ながら

人と人をつなぐ専門職が必要になるのではないでしょうか。


私はこれまで、
現場で手探りをしながら、その必要性を感じてきました。


日本語を教える。


人を育てる。


地域の人とつながる。


行政と一緒に考える。


そして、地域に必要な日本語教育の形をつくる。


それぞれは別の仕事のように見えるけれど、
私の中ではずっと一つにつながっています。


国が示した方向に、現場はこれから追いつくのではない。



私はむしろ、
これまで現場で積み重ねられてきた実践に、

国の制度がようやく追いつき始めた
のだと感じています。


だからこそ、これから必要なのは、

新しい制度を上から現場に下ろすことだけではありません。


すでに地域で何が起きているのか。


そこで誰が困り、
誰が支え、
どんな工夫が生まれているのか。


現場から学びながら、
これからの日本語教育を一緒につくっていくこと。


それが、「秩序ある共生社会」を、

本当に人が暮らせる社会にしていくのだと思います。

― 笠間市「つなぐ日本語教室」から見えてきたこと ―

笠間市で「つなぐ日本語教室」
いよいよ対面講座も終わりです。


この教室には、
外国人学習者だけではなく、
日本人サポーター、
市役所職員、
そして登録日本語教員がいます。


それぞれ立場も役割も違います。


日本語を学ぶ人。

学習をそばで支える人。

地域の情報を持つ行政職員。

日本語教育の専門性を持つ日本語教員。


一つの教室の中で、
それぞれの力を持ち寄りながら、
同じ時間を過ごしています。


私は、この形に
地域日本語教育の可能性を感じています。


日本語教員だけではできないことがある


今回、防災をテーマにした学習を行いました。


地震が起きたらどうするのか。

電気や水道が止まったらどうなるのか。

避難所では何ができるのか。

また、地域で生活するために必要な情報として、
ごみの捨て方についても考えました。


こうした学習を準備していると、
日本語教員だけでは
できないことがあると改めて感じます。


笠間市では、どこが避難所なのか。

災害が起きたとき、
実際にどのような支援が受けられるのか。

ごみは地域でどのように分別され、
回収されているのか。


「日本語を教える専門性」と
「地域を知っている人の知識」。


両方があって、
初めて地域で暮らすための学びになるのだと思います。

10月からはオンラインが
2コース始まります。
今からどんな出会いがあるか、楽しみです。

日本語を学ぶのは、誰のため?

利根町で、全5回の日本語支援者養成講座を担当しました。
「日本語支援者養成」と聞くと、
日本語の教え方を学ぶ講座をイメージするかもしれません。
でも、今回の講座で大切にしたのは、
「どう教えるか」よりもその前にあることでした。
地域に暮らす外国人は、どんな人たちなのか。
どんなことに困っているのか。
私たちとは、どんな違いがあるのか。
そして、その違いを前にしたとき、
私たちはどう関わることができるのか。
グループワークを通して、
受講者のみなさんと一緒に考えてきました。
初めて会う人と、どう話す?
最終回には、
利根町に暮らす外国人12名がゲストとして参加してくれました。
ベトナム、ネパール、パキスタン。
私にとっても、初めて会う人たちでした。
そして、日本人受講者の中には、
「外国人とゆっくり話すのは初めて」という人もいました。
日本語がまだ十分ではない人と、どんな交流ができるのだろう。
何を話せばいいのだろう。
きっと、お互いに少し緊張していたと思います。
でも、交流が始まると、そんな心配はすぐになくなりました。
あちらこちらから笑い声が聞こえ、話が止まらない。
好きなこと。
自分の国のこと。
家族のこと。
仕事のこと。
気がつけば、予定していた時間があっという間に過ぎていました。
「外国人」と話したのではなく
その日、そこにいた人たちは、
「外国人・日本人」と話していたのでしょうか。
たぶん、少し違うと思います。
ネパール出身の誰か。
ベトナム出身の誰か。
利根町に住んでいる誰か。
そして、日本で生まれ育った誰か。
一人ひとりが、自分の好きなことや、
大切にしていることを話していました。
相手を「外国人」という大きな枠組みで見るのではなく、
目の前にいる一人の人として知っていく。
その時間が、とても自然に生まれていました。
誰にとっても、そんな場所は少ない
考えてみると、
自分にとって大切なことや、好きなことを、
初めて会った人とゆっくり話す機会は、
地域の中にそれほど多くありません。
外国人にとっても、日本人にとっても同じです。
仕事や学校、家庭では、それぞれに役割があります。
でも、そこでは話せないこともある。
ただ一人の人として、
「私はこんなことが好きです」
「私の国では、こんなことがあります」
「私はこう考えています」
と話せる場所。
そんな場所が地域にあることは、
とても大切なのではないかと思います。
日本語を学ぶのは、誰のため?
もちろん、日本で暮らす外国人にとって、
日本語を学ぶことは大切です。
必要な情報を得るため。
困ったときに助けを求めるため。
自分の考えを伝えるため。
でも、日本語教育は、
外国人だけが努力するためのものではないと思っています。
日本人も、相手に伝わるように話す。
分からないことを聞く。
相手の文化や考えを知る。
自分の「当たり前」を少し広げてみる。
そうやって、
お互いが少しずつ歩み寄ることで、
初めて会話が生まれます。
場をつくることも、日本語教育
日本語教員の仕事は、
日本語を教えることだけではない。
私は最近、そう強く感じています。
初めて会う人同士が、何を話せばいいのか。
どんなテーマなら、自分のことを話しやすいのか。
どうすれば、
一方的な
「質問する人」と
「答える人」にならず、
お互いに話せるのか。
そんなことを考えながら、
人と人が出会う場をつくることも、
日本語教育に関わる者の
大切な仕事の一つなのだと思います。
日本語を学ぶことは、
ただ言葉を覚えることではありません。
日本語を使って
誰かと出会い、自分のことを伝え、相手のことを知る。
その繰り返しの中で、
「知らない人」だった相手が、
「知っている人」に変わっていく。
日本語を学ぶのは、誰のため?
その答えは、誰か
一人のためではないのかもしれません。
日本語を通して、
これまで出会わなかった人たちが出会い、お互いを知るため。
利根町の最終回で見た
たくさんの笑顔が、
私にそんなことを教えてくれました。
https://www.town.tone.ibaraki.jp/data/doc/1778549612_doc_211_0.pdf

外国人が多いまちは、未来の日本かもしれない

常総市新規採用職員を対象に、
外国人住民対応について考える講座を担当しました。


常総市は、
茨城県内でも外国人住民の割合が高い地域の一つです。


窓口対応、行政情報、防災、子育て、福祉。


外国人住民が増える中で、
行政にはこれまでとは違った対応が求められています。


講座を担当しながら、私は二つのことを考えていました。


常総市は、これからの自治体の先行事例になる
外国人住民の割合が高い自治体では、
すでにさまざまな課題が見え始めています。


「言葉が通じない」


「制度を説明しても理解されない」


「必要な情報が届かない」


こうした課題を、
外国人住民が多いから起きる特別な問題として捉えることもできます。


でも私は、少し違う見方をしています。


これから日本全体で外国人住民が増えていくなら、
今、外国人住民の多い地域で起きていることは、
これから他の市町村でも起こるかもしれません。


そう考えると、
常総市のような地域は「課題が多い地域」ではなく、


これからの日本を先に経験している地域


なのではないでしょうか。



そこでどのような仕組みをつくるのか。
行政がどのように住民と関わるのか。
そこで生まれる実践は、
これから多くの自治体にとって参考になる可能性があります。



情報を届けることは、行政の責任
もう一つ、強く感じていることがあります。
それは、
情報を届けることは、行政の責任であるということです。


行政には、住民の生活に関わる多くの情報があります。


災害が起きたときの避難情報。


税金や保険の手続き。


子育てや福祉の制度。


健康に関する情報。


これらは、
「知りたい人だけが調べる情報」ではありません。


住民の安全や生活に直接関わる情報です。


日本語が十分に分からないから情報が届かない。


制度を知らなかったから必要な支援を受けられなかった。


情報は生活の質に関わります。



だからこそ行政には、
「伝えた」だけではなく、
「届いたか」を考える責任がある
のではないでしょうか。


「外国人は○○だから」という思い込み


では、なぜ情報発信が十分に進まないのでしょうか。


そこには、私たち自身の無意識の決めつけがあるのかもしれません。


「外国人は日本語が分からないから」


「外国人は制度に関心がないから」


「外国人はホームページを見ないから」


「外国人はルールを守らないから」


こうした言葉を聞いたことがあります。



でも、「外国人」と一括りにしたとき、
私たちは一人ひとりを見なくなります。


日本語がよくできる人もいる。


日本で長く暮らしている人もいる。


スマートフォンを使って
積極的に情報を集めている人もいる。


子どものために地域の情報を必死に探している人もいる。


困っていても、どこに相談すればいいのか分からない人もいる。



「外国人だから」ではなく、
その人に、今、どんな情報が必要なのか。
そう考えることから、
情報発信は始まるのではないでしょうか。



伝える側が変わる
「外国人住民が増えたから、多言語対応をする」
もちろん、それも大切です。
でも、本当に必要なのは、
言語を増やすことだけではないと思います。


情報を短くする。


分かりやすくする。


図やイラストを使う。


必要な人に届く方法を考える。



そして何より、
「住民が理解できなかった」のではなく、
「行政の伝え方は十分だったのか」
と考えてみる。



外国人住民のために
特別な対応をするということではありません。
誰にとっても分かりやすい行政へ変わっていくこと。
それが、外国人住民が増える社会に
求められているのだと思います。



外国人が多い地域は、未来を先に歩いている。
そこで起きている課題を
「特殊な問題」として切り離すのではなく、
これから自分たちの地域にも起こることとして考える。


そして、「外国人にどう適応してもらうか」だけではなく、


行政は、すべての住民にどう情報を届けるのか。


そんな問いを、
これからも地域の人たちと一緒に考えていきたいと思います。

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