日本語ゆめラボ

日本語を考える

住民と向き合う仕事を考えるー常総市職員向け研修-2026/10/27

数年前、常総市の担当者の方から、
こんな言葉をいただきました。


「新規採用職員だからこそ、

外国人だけではなく、

住民には多様な背景があると知ってほしい」

その言葉が、ずっと心に残っていました。


新しく仕事を始めた職員だからこそ、
できる研修とは何だろう。


外国人対応の知識や、

やさしい日本語の言い換え方を学ぶだけでなく、

日々の仕事の中で

住民と向き合う視点そのものを

広げることはできないだろうか。


そんなことを考え続けながら、
今回、常総市の新規採用職員を対象とした
2回連続の研修を担当しました。

知識を学ぶだけでなく、自分の仕事から考える

研修では、日本各地や海外の自治体による、
外国人住民との共生に向けた取り組みを
調べる宿題を出しました。

何がよいと思ったのか。

それは地域にどのような変化をもたらすのか。

そして、自分の担当業務と、

どのようにつながるのか。


外国人住民との共生を、
自分の仕事とは別のところにある課題ではなく、
日々の業務とつながるものとして
考えてもらいたいと思いました。


2回目の研修では、

グループワークではなくペアワークを、

大勢の前で発表するのではなく、
職員の掲示板に
それぞれの気づきや考えを
書き込んでいきます。

すぐに答えを出すことよりも、
一人ひとりが
自分の考えとじっくり向き合う時間を
大切にしました。


目指したのは、

外国人に伝わる言葉への言い換えを

練習するだけの研修ではありません。



住民の立場に立ったとき、

自分の仕事には何ができるのか。

職員としての可能性を考える研修です。





もちろん、すべての対話が
盛り上がったわけではありません。


それでも、


研修後の振り返りからは、
それぞれの職員が
自分の仕事に引き寄せて
考えてくれたことが伝わってきました。

ある職員は、こう書いてくれました。

「仕事をこなす意識よりも、
相談者と向き合ってその人が何を必要としているかを
見極める意識で接する。
まずは聞く姿勢から変えていきたい。」

また、情報を伝えることについて、
こんな振り返りもありました。

「行政の立場で伝えたいことを
一方的に伝えても伝わらない。

受け手が欲しい情報を提供しながら、
行政として伝えたいことを発信し、
理解してもらえるように努力する必要がある。」

外国人住民への対応を考えることが、
窓口での説明や住民との向き合い方を
見直すことにつながっていました。

さらに、こんな言葉もありました。

「外国人だからと偏見を持たず
普段どおりの対応をすることで
市民から安心して相談できるような環境を作れる。」

「住民一人ひとりの声に寄り添いながら、
常総市全体の課題を考えていきたい」という
振り返りもありました。



住民にとっての行政のあり方を考える。

そんな時間が生まれていたことを、
うれしく思いました。



新規採用職員だからこそ、考えてほしいこと


行政の仕事には、それぞれの制度やルールがあり、
日々対応しなければならない業務があります。


その中で、新しく採用された職員の方ほど、

目の前の手続きを進めることに

精いっぱいになる日もあると思います。



けれど、

住民が何に困り、

何を知りたいと思い、

どんな不安を抱えているのか。

時には 立ち止まって考えてみることで、

いつもの仕事の見え方が変わるかもしれません。



外国人住民との共生を考えることは、

外国人だけに特別な対応をすることではなく、

さまざまな背景を持つ住民にとって、

より利用しやすい行政を考えることでもあります。



新しく仕事を始めた職員だからこそ、

今までのやり方を当たり前と思わず、

問いを持ち続けてほしい。



そして、自分の担当業務の中にも、

できることがあると気づいてほしい。




数年前に担当者の方からいただいた熱意ある言葉は、
今年の担当者の方にも確かに受け継がれていました。


研修前日まで丁寧に調整を重ねてくださり、
打ち合わせも、講座当日も
課長にも同席いただきました。



「常総市の未来を担うのは新規採用職員」

という言葉からも、

これからの市をつくる職員一人ひとりに寄せる期待と、

研修への強い思いが伝わってきました。





数年前にいただいた言葉を、

今回の研修を通して、改めて考えることができました。



出会うことから、始まる。笠間市日本語教室の参加者感想から(2026/10/13)

外国人住民をめぐり、

排斥につながる動きも見られる今、

同じ地域で暮らす人同士が出会い、

言葉を交わすことには、

どんな意味があるのか、ずっと考えています。


講座終了後に寄せられた、

学習者と日本語サポーターの皆さんの声をご紹介します。



【外国人学習者の声】
「自信を持つて話せるようになりました。」


「仕事で少し日本語を話したり、

ひらがなを読んだりすることができるようになりました。」

「自分の自己紹介ができるようになりましたし、

同じように、普通の(一般的な)日本人と

会議ができるようになりました。」

「子供の学校で、日本のママたちと

少しずつコミュニケーションが

とれるようになりました」




【日本人サポーターの声】


「国によっての文化の違いが面白かった。」

「短いセンテンスごとに区切ることで伝わりやすくなる。」

「みな一生懸命に勉強してくれて、

やりがいがありました。」

「国は、違っても、人間は、人間。

ハートが、通じ合うね。」

「自分自身もサポーターをする方であっても

悪気なく差別的な固定観念があるな一と

回を重ねる中で気が付き

学びになりました。」



「何よりこんなにいろんな国の方と身近で

しかも日本語メインで話せることは、

なかなかなく、

すごく楽しくて参加して本当に良かつたです。」

「同じ笠間市民として交流し、

みなさんをサポートができたことは

良い経験になりました。」





人と人が出会うことで、


どんな学びや気づきが生まれるのか。


始める前から、


その結果が分かるわけではありません。



それでも、

出会う機会に参加してくださった学習者の皆さん、

日本語サポーターの皆さんに、

心から感謝申し上げます。



出会うからこそ、


気づけることがある。



知り合うことで、


変わることがある。


完成されたオンデマンドだけでは
できない、
本物のやり取りが
地域にはあります。


これからも、

地域の中にそんな出会いの場を

つくっていきたいと思います。

秩序ある共生社会の実現 26/08/28

2026年8月28日、文部科学省から
「秩序ある共生社会の実現に向けた日本語教育の充実について」が
通知されました。
 
 
外国人が増えていく社会の中で、
日本語教育をこれまで以上に充実させていく。
 
 
子どもから大人まで、切れ目のない支援を進める。
 
 
日本語教育を、これからの共生社会を支える基盤として位置づける。
 
 
そんな方向性が示されています。
 
 
 
正直に言えば、通知を読んで最初に思ったのは、
 
 
「国が、やっと現場に追いついてきた。」
 
 
ということでした。
 
 
 
日本語教室を増やせばいいわけではない
 
 
私はこれまで、
 
地域日本語教育の現場で
多くの外国人や地域の人たちと出会ってきました。
 
その中で感じてきたのは、
日本語教育の課題は
「日本語を教える場所がない」
ことだけではない、ということです。
 
 
地域によって、
暮らしている外国人の背景は違います。
 
 
仕事のために来た人。
 
家族と暮らす人。
 
子どもを育てている人。
 
日本で資格を取りたい人。
 
 
必要としている日本語も、地域との関わり方も違います。
 
 
だから、
「日本語教室をつくる」という一つの方法だけでは、
十分ではありません。
 
 
その地域には、どんな人が暮らしているのか。
 
何に困っているのか。
 
どんな人や場所がすでにあるのか。
 
 
そこから考える必要があります。
 
 
日本語教師だけでも、ボランティアだけでもない
 
 
地域日本語教育は
長い間、多くのボランティアによって
支えられてきました。
 
 
地域の人だからこそできることがあります。
 
 
一方で、現場が複雑になるほど、
 
善意だけでは解決できない課題も増えていきます。
 
 
学習者のニーズを把握する
 
 
学習内容を考える。
 
地域の課題を整理する。
 
行政や関係機関とつながる。
 
 
そこには、日本語教育の専門性が必要です。
 
 
でも、日本語教師だけでもできません。
 
 
地域の情報を持っている行政職員。
 
地域で暮らす日本人。
 
外国人住民自身。
 
 
それぞれが持っている力を持ち寄ることで、
 
初めて地域に根ざした日本語教育が生まれるのだと思います。
 
 
今、笠間市で取り組んでいる「つなぐ日本語教室」は、
 
私にそのことを改めて教えてくれています。
 
 
日本語を学ぶのは、社会に参加するため
 
 
私は、日本語教育を
 
「外国人を日本社会に適応させるための教育」だとは考えていません。
 
 
もちろん、日本で暮らすために日本語を学ぶことは大切です。
 
 
でも、その先にあるのは、
 
 
自分の思いを伝えること。
 
必要な情報を得ること。
 
困ったときに助けを求めること。
 
誰かと関係をつくること。
 
そして、自分のいる場所で一人の人として認められること。
 
だと思っています。
 
 
日本語を学ぶことは、
 
社会の一員になるための力を得ることでもあります。
 
 
変わる必要があるのは、外国人だけではない
 
 
 
そして、もう一つ。
 
共生社会をつくるために努力するのは、外国人だけではありません。
 
 
 
外国人に、
 
「日本語を勉強してください」
 
「日本のルールを守ってください」
 
と求めるだけでは、本当の共生にはならない。
 
私たち日本人の側も、変わる必要があります。
 
 
 
伝わるように話す。
 
分からないことを、分からないままにしない。
 
自分の「当たり前」が、
すべての人にとっての当たり前ではないことを知る。
 
 
相手を理解しようとする。
 
 
私は、そんな心の柔らかさも、これからの社会には必要だと思っています。
 
 
これから必要になる人
 
今回の国の動きを見て、
 
地域日本語教育はこれから大きく変わっていくのだと思います。
 
 
日本語を教える人。
 
 
地域の課題を整理する人。
 
 
行政と現場をつなぐ人。
 
 
ボランティアを支える人。
 
 
外国人住民の声を地域に届ける人。
 
 
これからの日本語教育には、
 
教室の中だけではなく、
 
地域全体を見ながら
 
人と人をつなぐ専門職が必要になるのではないでしょうか。
 
 
私はこれまで、
現場で手探りをしながら、その必要性を感じてきました。
 
 
日本語を教える。
 
 
人を育てる。
 
 
地域の人とつながる。
 
 
行政と一緒に考える。
 
 
そして、地域に必要な日本語教育の形をつくる。
 
 
それぞれは別の仕事のように見えるけれど、
私の中ではずっと一つにつながっています。
 
 
国が示した方向に、現場はこれから追いつくのではない。
 
 
 
私はむしろ、
 
これまで現場で積み重ねられてきた実践に、
 
国の制度がようやく追いつき始めた
 
のだと感じています。
 
 
だからこそ、これから必要なのは、
 
新しい制度を上から現場に下ろすことだけではありません。
 
 
すでに地域で何が起きているのか。
 
 
そこで誰が困り、
誰が支え、
どんな工夫が生まれているのか。
 
 
現場から学びながら、
これからの日本語教育を一緒につくっていくこと。
 
 
それが、「秩序ある共生社会」を、
 
本当に人が暮らせる社会にしていくのだと思います。

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